ご挨拶
- 2011年4月に一般法人財団「寺山財団」を設立いたしました。
- ご挨拶をかねてこの財団の趣旨を申し述べます。
- 第2次大戦の終戦の翌年、朝鮮民主主義共和国から、苦難の旅の末に日本へ引揚げてきました。幼年・少年時代は貧しく、高校時代の同級生で私のように奨学金を受けていたのは2・3名でした。大学を卒業しサラリーマンとして約10年勤務した後、父親の経営する社員20名の会社に入社しました。
- 激変する事業環境と闘いながらも、貴金属やレアメタルの資源リサイクル事業と環境保全事業を中核事業とし、入社して26年後には東京証券取引所第一部上場会社となりました。これもひとえに、事業が時流と合ったことと多くの方のご支援に恵まれたからだと思っています。その恩返しとして、私なりの方法でお世話になった社会のお役に立てることを考えました。
- ①高い能力と高い志を持ちながらお金が乏しいために、学業や研究を果たせない方々への支援②日本の伝統文化を継承していくに当たって、資金援助を求めている個人や団体への助成③海外にあって、貧困のため就学が困難な子供たちに対する教育機会の提供や教育機材が不足している機関への援助、など等です。
- この財団の給付は全額返済不要ですが、給付や支援を受けた人の顔が見えることを切に望んでいます。たとえ日本国外の人や機関であっても、メールや手紙や写真や面談の手段を通して、コミュニュケーションを図りその活動や生活の状況を知ることを望んでいます。そのためには、短期ではなく中長期の期間での安定した支援にしたいと思っています。
- 20年以内に全ての基金を使用し尽くす予定ですが、それまでに残額があれば最も有効な業績を残した活動に寄付します。
- この財団の基金は私が所有していたアサヒホールディングス(株)の株式を売却したものですが、全ての財団役員と設立時の手続きや運営にあたってご協力頂いた方々も無報酬でのご奉仕を頂いています。
- 給付や支援を受けられる皆さんが、この財団の趣旨と多くの方々の善意を理解していただき、様々な分野にあって日本国内外で活躍されるとともに、新たな奉仕活動を始められる端緒になれば、これに勝る喜びはありません。
- 2011年7月14日
寺山 満春 Terayama Mitsuharu
1940年3月 |
現在の北朝鮮咸鏡南道咸州郡興南邑で生まれる。 |
1946年5月 | 父親が抑留中のため母親が本人(6歳)と兄(8歳)妹(4歳)弟(2歳)を連れて、7日間の徒歩の末38度線を越える。 ソウルのお寺(チョゲイサ)に収容された後 仁川港から博多港経由で一カ月後に鹿児島県川内市(現:薩摩川内)に帰国。 |
1958年3月 | 大阪府立大手前高校卒業。 |
1964年4月 | 東京大学経済学部卒業後倉敷レイヨン(現:(株)クラレ)入社。 |
1973年7月 | 同社を退社し父親の経営する社員20名の(株)朝日化学研究所(現:アサヒプリテック㈱)入社。 |
現在 | 東京証券取引所第一部上場の持株会社アサヒホールディングス(株)会長。 |